子は宝だけど、子に宝という自覚はない。
友人家族と公園で遊んだ。
子供が大きくなっていて2ヶ月前には手を繋いでくれたのに繋いでくれなくなった。
「照れているのか?ん?」とからかったらますます繋いでくれなくなった。
でも話しかけたり遊んではくれる。可愛い。元気を守りたくなる。
もう1人子供がいて、前々回遊びに行ったときはゆりかごに揺られていて、前回遊びに行った時はイノシシのごとくハイハイしていて、今回遊びに行ったときはのしのし歩いていた。
「成長をみていると情が湧くでしょ?」
と友人に言われて「温泉を掘り当てた時はこんな気持ちなのだろうか」と言いかけて例えが悪すぎるなと思ってやめた。そもそも例える必要がない。
でもそんな温かいものを見つけて触れたような幸せな気持ちだった。
昼過ぎに帰ろうとバイバイしたら、手を繋いでくれなかった子が「夕方になったら手、繋いであげるよ。」と言ってきた。絞り出すようだった。
せっかく出してくれたこの子の最善の案を踏みにじって帰るのは辛かった。けどとても嬉しかった。
また遊びにくるねと約束してハイタッチした。
子供は欲しいと思う。
子供が出来たら人生の主役は子供になって親は脇役になるらしい。
元々自分が人生の主役だとか思ったことないからそれはいいのだけど、色々とバタバタしているし、もてなす準備はまだ出来ていないのだろうなと思う。
親が子供を選ぶのではなく、子供が親を選ぶとも言うし、選んでくれるまでゆっくりと整えないといけないのかな。