おかわりもらった

元気な証拠を残します。

生活のリズムを作る為に、存在の音を出し合う

会社の研修で2日ぶりに会ったお子様が、違う生き物なのか!?と思うくらいに生物としての進化を遂げていた。ハイハイのスピードが倍速になって、リアクションも大きくなって、笑い声も今までは引き笑いだったのがガハハと豪快になった。とにかくハイハイで動き回るみたいで遂に新品のズボンの膝部分が破けた。ダメージジーンズのダメージって大人がズボンを履いてハイハイをして作るのかな?と想像してしまうくらい綺麗なダメージが出来上がっていた。

産まれてから存在がふわふわしているなと思い続けていたお子様が自分の意思を持って行動や感情表現をしだして、いわば段々とくっきりしてきた。

ハイハイをしている時のドタドタとした音、手を叩く音、つかまり立ちをして転んだ時の音、泣き喚く声、おもちゃを床に叩く音、豪快な笑い声、手を口に入れながらアワアワアと何かを呼ぶような野生の動物みたいな声。

お子様の姿を見ていてもまだ夢の中にいるみたいな。本当にこの人はここに存在しているのか?とふわふわしているけど、音を聞くとこの人も生活しているんだなと感じる。この音がどんどんリズムになって、生活のリズムが出来ていくんだな。それを自分で奏でるようになれたら1人で生きていく事が出来る様になるんだろうな。好きなだけ好きなように鳴らしてくれ。

 

会社の研修は僕が昇格しての階層別研修。会社における自分の立ち位置、役割や仕事の取り組み方、モチベーションを上げる要因とか新人教育のコツとか、まさに仕!事!の!為!の研修だった。言ってしまうと楽しかった。心理学とか好きかも知れない。人間の性格を紐解いて行くのにこんなに時間がかかるんだ、文字が必要なんだ、まだ足りないんだ。と途方に暮れる楽しさがあった。単純だから仕事のモチベーションもあがってしまった。でもイラストも頑張りたいからバランスが。という悩みもある。僕は仕事はお金は勿論の事だけど、アクセサリーや防具感覚でしているのかも知れない。つけていれば安心でおしゃれ。

趣味と仕事、両立しつつも仕事メインで頑張らないとな。と思いながら研修報告書を書こうとびっしりと仕事に対する取り組み方などをメモをした紙を見ていたら、いくつかイラストが描いてあった。

温もりが迫ってくる

妻が友達の結婚式に出かけ、お子様と2人きりで1日を過ごす事に。朝、妻を最寄駅まで送って改札を抜けていくまで見送った。抱いていたお子様は不思議そうに小さくなっていく母親を見ていて、姿が消えてからもずっと見ていた。改札を離れてもずっと改札の方を見ていて、母親が居なくなったと気がついたら大泣きするぞと思って身構えていたけどいつもよりも朝早く起きたからか車に乗せたらすぐに寝てしまった。

 

お子様と2人きりで一日中いるのは久しぶり。しかしお子様は日に日に変化していくから感覚的には初めてと同じ。ご飯を食べさせて遊んで寝て遊んでご飯食べて気がついたらもう夕方だった。お子様は少しでも離れると大泣きする。洗い物をしたりご飯を用意するだけでも大泣きするし、昼寝も抱っこしていないと泣く。

どうすれば全てが満たせるんだ!と叫びながら荒れていく部屋(片付けも出来ない)。求めてくるお子様。でもこの温もりは今しか味わえないよな。と思いながら噛み締める事にした。

 

お子様は自分の意思がはっきりしてきた。好き放題やっている。もうずっとこのままでもいいのにと思うくらいわんぱくで、この先はきっと他人を知って、バランスを取るために好き放題を抑制していくのだろうと思う。勿論そのおかげで人と付き合えてその楽しみもあるのだけど、ずっと無邪気でいてくれれば胸がキュッとする事も無いのかも知れない。けど、いつまでも生きている訳じゃないからなこちらも。1人で生きて楽しむための教育がそろそろ始まるのだろうなと、床をペロペロ舐めているお子様を見て笑いながら思った。

 

夜、妻を迎えに行って結婚式の思い出話を聞きながら、僕はお子様との一日を話しながらコンビニに寄って夕飯を買って帰った。お子様は更にテンションが上がって激しかった。嬉しいという感情が伝わるのって、嬉しい。嬉しいの連鎖が起きている。嬉しいが消えても心に残したいと思い、お子様をぎゅっと抱きしめたら激しく怒られた。

大きな虹を立ち止まって見ているが よく考えたら進行方向は虹の方

出勤で車を運転している途中、信号もない、交差点もない場所で渋滞していて事故かな?と思ったら圧倒されるくらい大きな虹がかかっていて、これが原因だという事にした。

小学生の頃、虹はどこからでて、どこに伸びているのかをひたすらに考えていた事がある。自然と言うには精密で、人工と言うには不確かで、人の想いに似ているなと思った。誰かが誰かに送っているものだろうか。だったらいいな。ごめんね。とか、ありがとう。とか、好きだよ。とか、おはよう。とか。何とでも汲み取れる。そんな色をしている。今でも変わらない。

 

「家を出たら目の前から虹が出ていてどうやらあなたの家の方向に伸びていそうで思わず「虹伸ばしたんだけど、ちゃんと届いてる?」とメールを送ったら入れ替わりであなたから全く同じメールが届いた。」

 

 

noteでコラムを書きたくてそのタイトルを2週間くらいずっと考えていてやっと、やりたい事も含めてのタイトル候補がやっとできた。

 

「寝る前に冷蔵庫を開ける」

「寝る前に開ける冷蔵庫」

 

どっちも言っていることは同じ。寝る前、歯を磨いた後に冷蔵庫を開けるのは今日への執着と明日への楽しみが混じっている気がして、そんなものが書きたいなと思った。

前者の雰囲気はきっと今までやってきたやり方と同じ。日常感というか我が強くなく、こぼれたものを好きに拾ってね。という感じがする。言わば保険だ。安心感もある。

後者はわくわくの期待値があがるような気がする。割と攻めていて正直性に合わない。

 

位置が変わるだけでこんなに雰囲気変わるんだね。と嫁と寝室で子供を一緒に寝かしつけながら話した。子供は布団をハイハイしたり突然ゴロゴロとするのが楽しいらしくはしゃいでいた。

 

「でも今回は頑張りたいと思うんだよね。変わらないと煮詰まったままだろうし。後者にしようかなと思っているんだよね。ガツガツ行きたいんだよ。」と言ったら「確かにあなたらしくないけど、いいね」と言って笑ってくれた。

どっちにしようかな。

 

胃腸をなでなで

今とてもコラムみたいなものが書きたい。ただ、今までは描いたイラストに対して文章を書いていたのだけど、今やろうとしているのは逆で、文章書いてから絵を描きたい。でもこれってもの凄く大変な事なのでは?と思い始めて来た。文章書きながら絵を描くなんてどうにか出来ないものだろうか。

 

久々に連続で早寝して6時間以上寝ていて元気が服着て歩いているぞ!ヘイヘイヘイ!!と無敵モードになっていたのに通勤途中に急にお腹が痛くなった。大丈夫大丈夫、無敵モードだからと言い聞かせて会社まで激闘をしながら我慢してトイレに行ったら無敵モードは解けていてぐったり疲れてしまった。

思い返せば元々僕はお腹が弱くていつもこんな感じだった。一昨年に胃腸炎になって病院で薬を貰って飲んだら胃腸炎と一緒にお腹が緩くなくなった。だから久々の感覚で懐かしいというか何というか、数年ぶりに鉢合わせたヤンキー同士が殴り合って土手で夕日をバックに思い出話と共に青春を語り合うってこんな感じなのかなと思った。

 

長期的に何かができる時間が欲しいな。やりたいこと半分諦めていて半分諦めきれない。諦めるって、1%でも未練があったら割合ともかく諦めてない事になるな。なんて思う。やるだけやったら諦めつくだろうか。もっと諦められなくなるだろうか。諦められない気持ちを何かのキャラでイラストに出来ないかな。ポップにしたい。

よく寝て起きて育てる

仕事をして家に帰ったら「寝なきゃ駄目だ」と気持ちが動き、ラジオの編集とメール2本送ったら寝よう。と30分で終わる見積もりを立てたのに10分後ぐらいに床で寝てしまった。起きたら1時でそのまま布団に入ってスマホを充電せずに寝た。

ずっと家の事で悩んでいる、出来たものに対して不満や後悔が出てくるのは覚悟していたけど、それを解決する力が出ない。原因が家だと包み込まれたかのように悩んでしまう。寝たらどうにかなるわけでもないけど寝ない頭で考えても解決する事ではないんだろうというのが最近の結論。悩みに包まって寝る。

大人になってから寝ても育たなくなって、起きている時にしか成長出来なくなっているけど、眠い時の死んだように生きている感覚は何にもならないな。

 

お子様が顔真似をしてくるようになった。口をパクパクさせると真似してパクパクする。大きな口を開けると大きな口を開けてサービスで下ベロを出してくる。試しに顎を出して猪木の顔をしたらそれも真似してくれた。最近はご飯をニコニコ食べる時に猪木顔をするみたいなんだけど、お子様の美味しいの表現が猪木になってしまったかもしれない。

 

表情が豊かになっていくお子様を見ていると心が豊かになっていく気がする。

 

ご飯を食べている時の顔になってくれ

絵を描いていたりなんなりしていたら夜中の3時という絶望的な時間になっていた。遅刻はしたくないから寝るのを諦めようとしたけど絶望を感じながら次の日を迎える想像をしたらたった1日でも耐えられそうにもなく、寝坊覚悟で絶望をリセットをするかのように布団に入った。

朝は5時半起き、だけど意外とガバッと起きれたし頭はスッキリしていた。もしかして僕は超健康な身体なのかも知れない。布団から少しだけ目を覚ました嫁が「寝てないでしょ。少し遅刻していけば?」と言ってくれたけどそのまま会社に向かった。

 

人が少し寂しそうな顔をする。少しハラハラしてしまう。そのままで良いと思っている人がそのままでいられなくなってしまう状況がとてもいたたまれない。ただ、その顔を見せてくれる距離感に来れたのは嬉しい事。寂しそうな顔が溶けた時に近くでまるで自分の事のように喜べるからだ。何が出来るだろうか。僕は最近、鯖の塩焼きを食べて「ご飯何杯でも行けるわ〜」と思う瞬間に希望を感じるけど、そういう事ではないだろうな。

 

やはり何かをやりすぎると空っぽになるみたいで、最近は絵を描きすぎて絵を描きたい欲みたいなものが空っぽになってしまった。空っぽになってもやろうとすると空転して過負荷で熱が出る。空っぽな時に描いた絵は本当にびっくりするくらい評価が薄い。いつもの半分くらい。下手な鉄砲、数撃てば当たる。スタンスで絵を描いていると最近人に話したけど、今は空砲だ。音だけがして一瞬で消えて、人の記憶からも消えていく感覚。

常に何かをしていたい訳ではないのかもしれないけど、しないとどんどん透明になって行く気がする。仕事して嫁と子供と遊んでテレビを見て本を読んで寝て、それで満たされる気がするのに、満たされたものをわざわざ吐き出してしまっているのか?という所まで頭に煙が出る。

今は少し文章書きたいと思うようになってきた。メモを都度都度取って溜まったら更新しようと思う。この日記も、noteのブログも。

 

 

 

コンテンツで孤立したい

雪が降って本気の冬の寒さを思い知って身構えていたら雨が降って雪が溶けて春の陽気になった。気温だけでなく朝も明るくなった気がする。朝6時半に家を出て空が明るくなっていって車のライトを消す瞬間に本当の朝が来て1日が始まる気がする。その時間が短くなった。1日が長くなるのは気持ちが明るい時間が増えると言うものだ、うん、きっと。

最近糸が切れたように文章を書かなくなってしまった。小説を久々に読んだら自分の感受性の薄さに落ち込んでしまい、資格試験も重なりお休みしていた。(まだ試験終わっていないが)

その間もイラストは描き続けていたのだけど、そっちは見てもらえる機会が増えて来て嬉しい。何にも掴めていないのだけど、続ける事は大事だよね。と言い聞かせている。

最近は特に誰かと比較するとやっぱり辛くて。勝っても負けても心にもやっとしたものがまとわりつく。戦うにしても、唯一無二のもので勝負に出たい。発明が必要だ。ずっとずっと悩んでいる。これかな?これかな?と手探りしている。

こちらから人を呼び込むのでは無くて、人がふらっと来てもらえるコンテンツを作りたい。人間性で呼び込まない。やっぱり僕は頭の中で、頭の中を楽しんでもらえるのが一番嬉しい。僕がいない所で盛り上がってくれるのが何より嬉しい。頑張ろう。