おかわりもらった

元気な証拠を残します。

余計なお世話、半チャーハンセット

思ったよりも寒くて、思ったよりも雨が降った日

こんな日は何にもしたくない、んだけどラーメン屋のサービス券の期限が切れそうだったから外食した。

 

嫁はチャーハン、僕は味噌ラーメン、半チャーハンセット

この夫婦どんだけチャーハン好きなんだよ。と思われるかなと思いながら注文した。

先に半チャーハンが来て、その後チャーハンが来た。一緒に来るものかと思い込んでいたから半チャーハンとチャーハンで味が違うのかと思ったけどそんな事無かった(強いて言えば紅生姜がチャーハンにはあった。)

 

嫌な予感はしていたのだけど、嫁がチャーハンを残した。

半チャーハンを頼まなくても良かったんじゃないかと思うくらい残した。

ここでチャーハンを残したら、「欲張りやがって結局残すなんて、その程度の気持ちでチャーハンを頼んだの?人間関係もそうなの?チャーハンと人類に謝れ」とかレジで言われるんじゃないかと思って結構無理して食べた。

 

帰って、まだ寒いし、今思ったらこれから梅雨だし、掛布団しまわなくて良かったね。このまま寝たら風邪引くよね、どうしようかと嫁と話しながら2人して床とソファーでそのまま寝てしまった。

 

外食したら決まって寝落ちする。これは本当に変わらない。

なんだかんだ毎回同じ生活サイクルで、実際にはちょっと違うんだろうけど、行きつく感情は一緒で、変わるのもきっと楽しんだろうけど、今はこの、変わらない感情が楽しい。

 

凄く上から目線だし、依存。ってわけでもないし、むしろ逆かもしれないんだけど、嫁と一緒にいれて、人生上出来だな。とは思う。

なんか満足してしまっている。ここ最近。今死んでも、嫁に別れを切り出されても「人生上出来だな」と思うだろうな。寂しいんだろうけど。嫁にこんなこと言ったら怒られそうだけど。

 

嫁と僕は家族だけど、他人だし、それぞれの人生を謳歌して貰えばいいし、それを報告し合ったり、一緒に謳歌したりすればいいんじゃないかと思ったけど、

よくよく考えたら。というか当たり前なんだけど、嫁はこれからほぼ僕といる時間を過ごすわけなんだなと今日ふと思った。嫁の人生は割と僕にかかっているのでは。

なんだろう、自分の考えばっかりじゃなくて、たまにはちゃんと嫁の話も聞こうかな。

 

余計なお世話かな。

 

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パーカーのフード

暖かくなってきた。とは言え、油断をしていると寒くなる、特に夜。

と思い、パーカーを選んだが、フードの部分がまだ乾いていなかった。

「着ていれば乾くだろう。」と思って構わず着たら、フードの重みで首を締め付けられた。これが死因になったら面白いかな。ニュースとかで拡散されるかな。そしたらパーカーが売れなくなり、パーカー業界(?)から家族や友人が訴えられたり嫌がらせをされるかもしれない。

 

乾くまでの辛抱だ、死んではいけない。

そんな覚悟でバスに乗った。多分今日限定だろうが、パーカーを着ている人がいたらフードを確認する癖が出来た。湿っていそうな人は居なかった。

 

それにしても、パーカーのフードってほぼ使わないですよね。

洗濯して干す時邪魔だし、たたむ時も邪魔だし、大自然!!みたいな所にいくと葉っぱとか入るし。

でもあると妙な安心感がある。自分の背後、特に後頭部に自分のテリトリーがあるというのは安心するのだろうか。それともオシャレ的に安心するのだろうか。フードが付加価値を出しているのは確か。

そろそろ寂しい時に話しかけるかもしれない。

無頓着になったつもりでも確認したらビビる

1日が長く感じることが無くなったのはいつからだろう。常に時間に追われて追われて、気が付いたら29歳に追い込まれていました。もう30歳ですよ。ここまま30歳になってもいいのだろうか。面接とか無くていいのだろうか。「何故、数ある年代の中から30代になりたいと思ったのですか?」とか聞かれたら「ならざるを得なかったんだよ!」と逆ギレはしますが、いや、このまま、なんの準備も無しに30歳になってもいいのだろうか。せめて講習をして欲しい。加齢臭と年齢の比例グラフとか、年代別のコミュニーケーションの取り方とか。とにかく無自覚で勝手に歳を取って行くのが怖い。

 

知らぬ間に新しい感覚を身につけていました。

美味しいものを食べた時、その瞬間に「美味い!」というよりも後味で、懐かしむように「あー、あのちくわにキュウリが刺さったやつ美味しかったなぁ」などと思うことが増えました。映画や芝居や小説などもふとした時に思い出して感動する事が多々あり、

この感覚に気付いた時は「何だこの広がったような新鮮な感覚は!」とウキウキしました。が、考えてみると感覚が歳と共に衰えて鈍くなったんでしょうね。

 

人生はだんだん単調につまらなくなって行くのかと思っていましたが、実際単調にはなっているんですけど、老化のおかげで飽きなくて、はたから見たらつまらないだろうなぁと思われそうな人生ですが、僕自身は楽しんでいます。

 

でも、はたから見たらつまらないと思われそうと思ったままも癪なので、芝居をしたり、絵を描いたり、Twitterをしたり、こうしてブログを書いたりするんだろうなと。

 

もう少しマメにブログ書こうかな。と思いつつ、打つのめんどくさいという気分になりつつ。でも書くと楽しいんです。やると楽しいんです何事も。でも可能な限りダラダラしたいと思う。これはある程度人生に満足している。という事でよろしいのですかね。

はっけよーい積もった積もった

明けましておめでとうございます。

新年一発目の日記です。

 

開けるときはあっさり開けるもので、年末は年を開けるためにバタバタしていた気もするけど、実際はそんな重いものでもなくて、なんだ、こんなに頑張らなくても良かったなと毎年思うけど、何かを大切にするって、その為に必要以上にバタバタするのは結構楽しいなーと思い返してみると毎年思うわけです。

 

 

最近、絵を描くのが楽しい。2月に岡山の雑貨屋さんで限定ショップと展示をさせていただく事になりました。

僕はずっと、「素人の落書き」を言い訳にして絵を描いてきたわけですが、「イラストレーター」と記入されまして。お金も貰う場面もあり、もうそろそろ言い訳をしてはいけないなという気になってきました。

でも絵を描くようになって、イラストレーターと名乗る人達の絵を見ていると、どんな頭をしているんだろう?観察したものが頭の中でどう変化されてアウトプットされているんだろう?

と思います。先は長い。

 

 

先日、雪が降って、積もりました。

黒い景色は夜として毎日見ているからいい加減に慣れたもんですが、白い景色は見慣れなくて、怖い。幻想的に綺麗で、自然に対して負けを認めてしまいそうになる。

 

積もったけど、軽い雪で次の日には溶けていた。

 

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腹持ちがいい1年でした。

2017年ももうおしまい。

どんどん、どんどん、みたいにわんこそばか!というくらい次から次へとバタバタした1年でした。

体力の衰え、とても感じる。気持ち的にはとてもタフになった気がするけど、その分急な事に落ち込む時に「こんなところが無防備だった!」とびっくりしてしまう。

 

流石に、というか、今年は、なんだけど、年末、仕事が大分落ち着いている。年末年始仕事に出た年もあったな。仕事ができるようになったというか、潔くなっただけかも知れないけど、今年の年収を見て上がっていて喜んで、でも税金が沢山取られていて落ち込んで、その浮き沈みになんだか妙に疲れてしまった。とにかく早く長く休みたい。

 

駆け抜けた1年、というよりも、状況がどんどん駆け巡っていって、景色の変化について行くだけでいっぱいだった。自分では出来ることだけ選んだはずだったんだけど、付き合いとか礼儀とか大人の事情というものが世の中にはあるらしくて、大人の皮を剥奪されない様に無意識に必死になっていた。

でも残ったのは楽しいことしかない。

いい1年だった。

何に感謝したらいいのか、もちろん関わってくれた方々全てなのだけど、たまには自分に感謝してみようか、でもとても恥ずかしいしとても寂しいな。無言でアイスでも渡しておけばいいんだけどね。

 

アイスとかケーキとかは勝手に出てくるものでもなく、わざわざ自分で手に取らないと食べないし、甘いものが大好きだからという理由以外にも自分へのご褒美を無意識にあげているのかもしれない。僕は自分の事が大嫌いだけど、認めている部分もあるのかもしれない。

 

それでは仕事納めに行ってきます。

休む師走

久しぶりの芝居の稽古。

基礎練をしたらすぐに筋肉痛が来て階段を上るのが億劫になった。

それから3日。まだ治らない。痛い。身体の不調で歳を感じるのは物悲しいものである。稽古で同期が「本番来る頃には30歳だよ」と言っていてどよめいた。

そうなんだよな。

20歳だーってお酒のもーってなった時からなーんにも変わってない気がしているんだけど、あれから10年も経ったのか。

ちゃんと歳をとって終わりに向かって行っている。それが悲しいとか寂しいとか思えるなんて幸せな証拠だよね。なーんて自分を守ってみても悲しいものは悲しい。今まで出来ていたことがどれだけ出来なくなるんだろう。

もう生産は無しで人生の精算を、というか、今あるもので楽しめればいいかな。と思っているんだけど、それも思うように行かなくなるんだろうか。

なんだかんだ新しい人生を生産、しちゃうんだろうか。

 

未来にワクワクではなく、おどおど。

今の生活がそのまま続けばいいのに。歩く元気も走る度胸も今はない。寒いし筋肉痛だし。そんな事していたらまた春が来る。思えばここ数年この繰り返しだったな。

 

何の為に?のハードルがどんどん上がっている。

やらない為の、楽したい為のハードルなのに、上げたせいで飛び越える筋肉をつけないといけなくなった。また、筋肉痛。

生活のおもてなし/チャットモンチー先輩

【生活のおもてなし】

仕事が盛り沢山で最近まともな時間に帰れていない。泊まって仕事している人や日付が変わっても帰れない人なんて世の中には沢山いるんだろうけど、まともな生活送れていない。

どんなに仕事があろうが日付が変わる前に帰ろうとは決めている。それで終わらなかったら謝るか無理なものは無理!と逆ギレすることにしている。

 

生活がしたい。帰宅すると生活が慰めてくれる。

生活は癒しのワンダーランドだと思う。

食事、風呂、布団(睡眠)、全部自分(と嫁)が自ら用意したものなのだけど、帰ったら向こうからもてなしてくれているような感じ。

自分から料理を作って口に入れているのに食べ物から来てくれているような感覚。

自分からお風呂のお湯を沸かして入っているのに優しく包み込んでくれるような感覚。

自分から布団に向かっているのに布団が吸い寄せてくる感覚。

 

疲れが原因なのかわからないけど、ありがたいなぁこのやろーと思う。

今度念入りに掃除でもしよう。

 

チャットモンチー先輩】

チャットモンチーが解散するという噂を聞いた。噂だけ。自分で調べてはいない。

「完結」と書いてあった。かっこいい。チャットモンチーは解散してもまた音楽やりそうだし、楽しみの方が強いかも。

改めてチャットモンチーの曲を聴いていたら止まらなくなってプレイリストを作って毎日聴いている。ハナノユメ、染まるよ、いたちごっこ、、、凄くいい。昔ライブにも行ったなー。自分自身と向き合って戦って、東京に挑んでいるような、東京を自分自身の何かに投影しているのだろうか。東京を超えたから完結なのだろうか。勝手な妄想だけど、この観点からまた聞いてみよう。しばらくチャットモンチーを聴くの辞められそうにないや。