おかわりもらった

元気な証拠を残します。

コラ!コロナ!オラ!オロナ!ほら!ホロナ!

コロナウイルスがどんどん蔓延していき、うかつに外に出歩けなくなった。見えないものを確実に避ける事は出来なくて、戦ってくれている人達に迷惑をかけないようにじっとするしかできなくて。SNSの文句はどんなに言葉が強くてもため息程度にしかならない。というのはよく分かった。皆が声を上げてこうしてくれ、ああしてくれ、保証をしてくれ。と言ってもマスク2枚。流石にしばらく落ち込んでしまった。

そんな中「マスク2枚が支給されるらしいよ。」と妻に言ったら、「へー!どうやって配達されるんだろう?」とサンタクロースを待つマセ始めた小学生みたいな事を言っていて、僕の怒りや悲しみは一旦落ち着いた。

 

平常を求める状況は病気。平常や人間らしさを追い求めながらふと頭によぎったのは「もらとりあむタマ子」という映画の自堕落な生活をしているタマ子(前田敦子)がふと「うぁぁ〜」と間抜けな声を出すシーン。人間は人間になりきっている野生なんだな。と思った。ただ、人間になりきっているおかげで恋に色がついたり、食事が娯楽になったり、感情の表現が豊かになったり、服を着て個性を出したりする事が出来て、楽しい。楽しいよ!と叫びたくもなって今それが心ゆくまで出来ない状況なんだけど、生き延びるぞ、とも思う。

 

季節外れの雪が降った時、何かが変わるかと思ったけどそんな事なかった。積もったが、さっさと溶けてしまった。日常を求めるならさっさと溶ける事に越した事はないのだけど、不思議な事を考えていた。今の日常は悪化になっていっているんだろうな。

もっと冬の思い出とか、春の訪れとか、そんな話をしたい。今はただ、じっと生活をして、家の中で笑って、SNSの中くらいではいつも通り落書きをする人でいようと思う。

うおおお!と叫びながら遊ぶ日

ゆっくりとした三連休だった。最近平日は仕事から帰宅するとお子様はもう寝ているから思う存分遊んだ。遊んだというか遊ばれたというか。お子様は「うおおおお!」と言いながら遊んでいて、懐かしい気持ちになった。たまには「うおおお!」と言いながら遊んでみようかな!と思って「うおおお!」と言いながらお子様と遊んだ。お子様はケラケラ笑っていて、この笑顔を守るというよりも、沢山笑わせたいな。と思った。

 

Twitterの皆があつまれどうぶつの森をやっていて羨ましくて買うのを迷った。しかしお子様と妻を放置して黙々とどうぶつの森を作るのを想像したら罪悪感が生まれて、まずは生活を、と思い、ずっと野放しにしていた庭の草むしりをした。YouTube東野幸治の幻ラジオを聴きながらむしったから庭を見る度に東野幸治の声が聴こえるようになった。

次の日に妻が「私も草むしりしたい」と言って朝ごはんも食べずに軍手をはめて草むしりを始めた「草むしりは無心になれるから好き」と言っていたのに、お子様と窓越しにこっそりと庭を見たら早くも軍手を外して素手でニコニコしながら雑草を抜いている妻がいて、まるでお子様の数年後の姿を見ているようだった。

 

ショッピングモールに行き、お子様の保育園の入園式の為に少しよそ行き寄りの服と本を数冊と財布を買った(妻が買ってくれた。2月の誕生日と12月のクリスマスプレゼントらしくて「誕生日おめでとう!あとメリークリスマス!」と言われた)

フードコートでご飯を食べて、ミスタードーナツでおやつを買ってタピオカを飲みながら歩いていたら、まるでデートみたいで手を繋ごうとしたら「知り合いに見られるから!」と言って断られた。

 

その後電気屋Bluetoothスピーカーを買った。おっさんがスマホとリビングに置いたBluetoothスピーカーに繋がったままAVを見てリビングが大惨事になったという事件が多発しているらしい。という話をしたらBluetoothスピーカーの電源を入れる度に妻がニヤニヤしながら「気をつけてね」と言ってくるようになってしまった。僕はその度に「いや、そんなもの見ないから大丈夫」と言う。電源を切ったら切ったらでニヤニヤしてくる。「見ないから!」と少しムキになって言う。

何かを反射しながら光っている

週明けの仕事はもうかれこれ9年とかやっているのに未だに頭が「家から出たくない!」と叫んで来て流石に笑っちゃう。車で大好きなオードリーのオールナイトニッポン聴こうね。と言い聞かせて出勤をする。

月曜日は大人しく仕事をしているだけでいいのだけどついつい空いた時間にイラストを描いてあげちゃったり余計なツイートをしてしまったりする。決まって落ち込むけど、自分の事を1番客観的にしかも批判的に見れるのは週明けなのかも知れない。週明けに見ても楽しくなるものが出来たらどんなに素敵な事なのか。まずは自分からね。

コロナウイルスの影響で今日から体温を測って熱があったら出社するなと言われていたのに測るのを忘れていた。職場についたら皆忘れていたみたいで明日から。となった。友達の会社はリモートワークになったみたいで、仕事は不備なくできる上に満員電車の出勤のストレスが無くなったのはありがたい。と話していた。働き方がまた変わるかも知れない。弊社は無さそうだけど。

 

帰ったら妻がお子様を寝かしつけている所で、寝室に入ったらお子様がニコニコしながら僕の身体をよじ登って来て、ついありがとう。と言ってしまった。その後少しお子様と遊んだ後、妻が寝かしつけてくれた。お子様が布団をつかんで顔を隠して「あうあうあう〜あぁ!」と言って顔を出す。いないいないばぁをやってくれるようになった。きっと僕と妻の真似なんだろうけど、特に妻なのだろうけど、こんなにニコニコしながらやっていたんだな。と思うと、子供と接する時は丁寧に向き合わないとなと思う。よく観ているんだな。

 

夕飯は秋田土産に買ってきた焼きそばを食べた。お土産を改めて並べてみたら、きりたんぽとそばとうどんとラーメンと焼きそばで、粗いお土産だなと我ながら思った。

テレビを観ながら妻が横浜流星の事を足が長すぎるという事なのか「半分足」と呼んでいて、この人、好みじゃない芸能人には扱い雑だな。と思った。好みの芸能人には「君」か「さん」付けでキラキラしながら呼ぶ。

どっしりした日もあっさり過ぎていく

あっさり水曜日になってしまった。昨日の夜、冷蔵庫を開けながら急に「今日はもしかして火曜日か?」と思ってカレンダーと時計を見たら火曜日も終わろうとしていた。

時間が足りないくらいにやらないといけないことも楽しいこともある。ボーッとしたくもある。割と今のペースは良い。むしろ充実しているくらい。ただ、周りのSNSをやっているイラストレーターがガンガン突き進んでいて焦ってしまう。悔しいとか羨ましいとかではなく、ついていかないと輪に入れない気がして変に焦ってしまう。学生時代と感覚が変わらない。無理をしてついていかなくてもいいのに。最近は1人が好きな瞬間も多くて、昔と変わったなと思っていたけどそうでもないか。お子様を見て「1人で遊べるようになって来たね」と言って喜んでいる場合なのか。場合です。

 

こことは別にブログを書こうとずっと言っていてタイトルは「寝る前に開ける冷蔵庫」に決めてはいたのだけど、扉絵をなかなか描けなくて(めんどくさくて)放置していたのを昨日ようやく下書きした。冷蔵庫は中に何を入れよう何を描こうと考えるのが苦痛で仕方なかった。沢山絵を描けるのは楽しいはずなんですよね。イラストレーターならば。頭のフィルターが狭過ぎて冷蔵庫が通らない。でもこのごちゃごちゃした冷蔵庫のイメージがまんまやりたい事でもある。

煮詰まりすぎて、妻にお願いして、冷蔵庫を開けてもらってその写真を何枚か撮ってずっとにらめっこをして、ようやく下書きだけ出来た。早く文章書きたいな。

花束で乾杯をする華金

仕事から帰宅してお弁当箱を洗っていたらキッチンカウンターの上に黄色のミモザとピンクのチューリップとピンクのスイートピーがビールジョッキに生けてあった。見つけた瞬間部屋がパッと明るくなった。花はいいね。明るくなったけど生活の落ち着きはそのまま。花は明るくて静か。

ただ、花瓶の代わりがビールジョッキなのはとても気になる。僕が数年前にビールを美味しく飲もう。と意気込んで買って2回くらいしか使用していないやつだから使うのは良いけど、どうなんだ。花で乾杯をするのは中々オツなものですかね。と自分を納得させようと思ったけど、いや、花で乾杯したらダメだろ。一気にうるさくなる。花瓶を買おうね。

花が置いてある場所はエアコンの風が直接当たるから場所を変える事になった。妻が花束が生けてあるビールジョッキを片手にうろうろ歩いているのは何かの儀式みたいだった。春を呼ぶ儀式?春はもう手元に来ているよ。春の仲間を作る儀式?乾杯をされたら皆春になる。何にせよ参加出来ない儀式は怖い。場所はとりあえずエアコンから避ける形で決まったけどキッチンの始点に置いたせいでキッチンの門番みたいになった。生活感強すぎて不自然だ。しかし不思議なもので朝起きたら馴染んでいてつい「おはよう」と話しかけそうになった。

いや、話しかけてもいいのか。

 

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なーんも別に特別な事しなくてもいいのにね

自分の取り扱い説明書なんて無いからどんな生活リズムが適しているかなんて分からないね。欲求なんてコロコロ変わるし、外の景色の色味や配置バランスが変わるだけで気分も変わるし、今日食べたいものだって変動する。今はしじみのみそ汁が飲みたい。

ラジオで俳優さんが役作りをする時はその役の欲求を考える。と言っていた。透明な自分をくっきりさせたいから欲求を考えてみよう。自分作りだ。と考えてみたけど、どうにも「これは本当にお前のやりたい事なのか?」という壁に負ける。何だかどうやら僕ははっきりさせるのが嫌いなのかも知れない。うやむやが好きという訳ではないんだけど。決めたらそれで終わりという恐怖が少々。

 

毎朝6時に起きれば良いのに最近4時半に目が覚めてしまう。まだ寝たいけど寝たら寝坊しそうな絶妙な時間。最近そのせいで朝が長い。朝って何時からなんだろう。4時半はまだ眠っている朝で、7時くらいから起きている朝。というイメージ。眠っている朝に起きるのは何とも言えない無敵感。まだ何でもやれる。おまけの時間から1日が始まるのが嬉しい。大体ボーッとしちゃうんだけど。

 

黄色い信号に手を振る

今読んでいる本に「人は、1つの悩みだと耐えられるけど、2つ以上悩むと壊れる。とミスターマリックが言っていた。」と書いてあった。

ミスターマリックというのは置いておいて、確かに普段「パニックだ〜〜!」と思う時は2つ以上悩んでいる時かも知れない。壊れても直せるというのはいつ覚えたんだろう。風邪をひいた時かな。安価で沢山買えて、新しい物がバンバン出る時代だからか分からないけど、物が壊れた時は捨てて買い直すか、修理して直すか。一応葛藤する。真っ直ぐに「修理して直そう」と思える素直な優しさが欲しい。人間関係も「こんなめんどくさい人間は切り捨てようね」と言う言葉がネットに飛び交うのも少しだけ怖い。せめてフェードアウトがいいな。自分の身は自分で守る。いっぱいいっぱい。悩みなんて同時にいくつも持っているものだけど、それをひとつひとつかいつまんで処理して行くのが壊れない方法という事なのかな。

そう考えるとワニワニパニックというゲームは人間の心理を突いた名前だ。最初は一つずつワニさんが出てきてリズム良く叩いていく、それが段々と速くなり、同時にいくつものワニが出てきて処理出来ずにパニックになる。全部処理しなくていいのにね。あれはワニを全て叩くゲームではなく、沢山叩くゲームなのだ。全部処理しないと行けない。という心理にいつしかなっている。日常もそうなのかな。とはいえ、ゲームと違って目をそらせない事ばっかりだけどね。

 

よくわからない負の感情が次々に顔を出してきてパニックになった時は、ゲームセンター に行き、ワニワニパニックにお金を入れて遠くから眺めて他人事にすることにしています 。 おーおー負の感情が出てくる出てくる。叩かなくていいのだ。戻るまで一休みするのだ。

 

これ、3、4年前に書いた短編のような文章。同じ事で追い込まれていたんだなと思う。文章にして残していくのは記録としていいね。

めっっっっっっっっっったに読み返さないけど。